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    町山智浩 映画 FC2 Blog Ranking

    『もしドラ』と『がんばれ!ベアーズ』をくらべてみたら【2011年6月15日アメリカ映画特電第107回】

    ~Setup~
    もしドラ』の映画としての構造と問題点

    もしドラ』のセットアップ

    はい、というわけでですね、え~と・・・タイトルちゃんと言えるかな?ハイ。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という映画なんですけども、監督の田中監督と、プロデューサーの吉田プロデューサー、からですね、直々に、
    「ちゃんと観てくれ!」
    と、言われましたんで、この間、観てきました。ハイ。それでまあ、あの・・・
    「ちゃんと感想を、お聞かせ願いたい!」
    と、おっしゃられたんで、はい、これから感想をですね、お話ししたいと思います。ハイ。

    で、この映画、どういう話かって言いますと、ヒロインは、ですね、みなみちゃんて言うのかな?え~、みなみって女の子でですね、はい、その子がですね、ずっとまあ、野球を子供の頃にやってたんだけど、女の子だからもうやってない、と。それで、高校の時にですね、親友の宮田夕紀ちゃんていう女の子が野球部のマネージャーなんですけども、心臓の疾患でですね、入院しちゃう、と。で、そのかわりに、彼女が、みなみが野球部のマネージャーを引き受ける、と。ところが、その野球部は全然ヤル気が無い野球部で、さあ、これをどうしようか?

    と、いうことになるんですけども、まず最初に彼女はですね、え~、みなみは、
    「ワタシのほうが上手い!」
    みたいなことを言ってですね、で、バッターボックスに立つんですけれども、ま、実際にその、ピッチャーの球を受けてみたら全然ダメだった。というね、やっぱりそれで、男子高校野球の方がすごい、ってことで、打ちのめされるんですけれども、それで本屋に行ってですね、野球のマネージメントに関する本を無いか?と、探していると、え、ホンジャマカの石塚さん(笑)・・・扮するですね、店長から、ドラッカーの『マネジメント』(management)という本を渡されて、それを読む、と。で、読んだら、ま、経営の本なんだけれども、中にですね、こういう一言があるんですね、こう「マネージャーに必要なのは、才能では無く、真摯さである」と。「ひたむきさである」と。え~、それを読んでですね、
    「あ、じゃあ私にも出来るはずだ」
    ということで、マネージメントする、と。

    そしてですね、監督がですね、大泉洋さんなんですけども、あ、言い忘れました(笑)、ゴメンナサイ。え~、主役のみなみちゃんはですね、前田敦子ちゃんがやってまして、病気になっちゃうマネージャーの女の子は川口春奈ちゃんで、もう一人のマネージャーの女の子がいてですね、え~、そっちの子はですね、峯岸みなみちゃんがやってますが、え~、これ、ややこしいですね。みなみが、あの・・・2つあるんで(笑)、これどうしよう・・・役名で言ったほうがいいかね?ごっちゃになっちゃうから、役名で言うか俳優名で言うか、え~、俳優名で言うことにしましょう。はい、理由は、その、主役のキャラクターがみなみっていう名前なのに、あの、脇役のマネージャーの子が、みなみっていう俳優さんが演じてるんで、これは(笑)非常に混乱しやすいので、俳優名で呼びますね。はい。

    話を戻しますと、監督はですね、大泉洋扮する先生なんですけども、その大泉監督はですね、なんかいろいろと言いたいことはあるんだけども、なんか選手に気を使って、言えない、と。いうことでその、伝わらない、と。人間関係悪くなってる、と。で、この野球チームの人間関係の悪さっていうものはですね、まあ、いろんな理由があってですね、ピッチャーとキャッチャー以外はちょっと、あんまり、真剣にやってない、と。いうのと、あと、ショートにゆうきクンという男の子がいて、非常に可愛い男の子なんですけども、痩せっぽちでですね、ヘタクソなんですね。で、そのゆうきクンがエラーしてしまって、で、そのピッチャーの男の子はですね、ふてくされて、真剣に投げられなくて、フォアボールが多くなってしまう、と。それでまた、他の選手がですね、
    「ピッチャーふてくされてるぜ」
    って、ピッチャーがなんか、自分達ばっかり野球が出来ると思って、その、なんていうか、
    「俺達を見下してんじゃないか」
    みたいな感じで。で、しかもそれに対して監督は何も言えないという感じで人間関係がバラバラになってて互いにこう、チームワークとかですね、心のつながりが出来てないんですね。

    で、ここで描写があってですね、病気のマネージャーのですね、川口春奈ちゃんがですね、病院から退院を許されてちょっとだけですね、高校に帰ってくるという描写があるんですけども、そうすると、野球部全員がですね、
    「ワ~!」
    って
    「彼女が帰ってきたぞ!」
    つって、こう・・なんていうか、みんなもう、ホント嬉しそうにダッシュするっていうシーンで、え~、その彼女が、その野球部のバラバラの野球部員の中で、その、求心力となってるという、彼女の元に人が集まってるんだってことがわかる描写があるんですね。でもその、中心になってる彼女が、病院に入っちゃってるから、ますますバラバラがひどくなってる、と。いうのがあって、ま、この辺がセットアップですね。いわゆる映画におけるセットアップ。つまり、この主人公達の抱えている問題は何なのか、解決すべき問題は一体、何なのか、ってことがこう、順番に示されるわけですよ。

    ピッチャー、キャッチャーは、野球が出来るんだけれども、バックを信じてない、と。で、特にその、ゆうきクンていう男の子がヘタクソで、その・・なんていうか、スケープゴートみたいになってて、彼自身は、非常に自信がない、気の弱い男の子である、と。いうのと、その、監督はその、全然リーダーシップをとれてない、と。気を使い過ぎてて。え~、というのと、肝心のその、求心力になっていた、まとめ役であったその・・・皆に愛されていたマネージャーが病院に入ってしまってる、と。いう問題がこう、示されると。え~、それ、そのセットアップ自体は非常に、いいと思いますね。はい。

    セットアップ以降のストーリーの流れ

    ところがですね、ま、いろいろあってですね、ま、チームが強くなっていくんですけど、そのきっかけはですね、その、監督が、大泉監督が、え~、とうとう言いたかったことをですね、言うんですね。で、それは、何故言うかっていうと、その、主役のその、あっちゃんが、えっと、
    「言うべきよ!」
    って言ったから、思い切ってとうとう言うことにする、と。ね。で・・・それは、どういうことかというと、
    「ピッチャーを責めるなよ」
    と、
    「ピッチャーはふてくされてるわけじゃないんだ」
    と。ね、
    「フォアボールを好きで出してるわけじゃないのに、お前らそういう感じで疑心暗鬼になって、どうすんだ!」
    ってことを言うわけですね。・・・まあ、当たり前のことなんですけど、それを初めて監督が皆の前で言う、と。

    で、言ったところで、部室でそういうことを、初めて監督が本音を出した時に、え~、ちょうど部室にですね、夕日がさして、オレンジ色の光になるんですね。それはその、冷たい心になっていた、その、チームの子達の中に、やっと初めてその、監督の声によって温かい心が、こう・・・通い合うという、シーンなんですね。だからその、暖かい光に、光の色が変わるってとこは非常にその、象徴的で、非常に、映画的な、・・・映像で、心を見せるという、シーンですね。で、そこでまあ、その、監督が言うきっかけになったのは、その、あっちゃんが
    「言うべきよ!」
    って言ったことで、ま、一応マネージメントしたと、いう感じなんですけども。

    で・・・ですね、結局ですね、みんなが慕っているマネージャーの、その、病院に入ってた心臓病の女の娘が死んじゃうんですね。川口春奈ちゃんは死んじゃって、で・・ところが死んだらですね、ま、チームは勝ってるのに、で、次、地区決勝なのに、あっちゃんがキレちゃってですね、・・あの・・
    「あの子が死んじゃったんだからもう意味無いじゃないの!」
    つって、
    「こんな野球なんか大ッキライよ!」
    と言ってですね、(笑)・・え~、大事な試合なのにですね、、走って、逃げ出しちゃうんですね。・・・ねえ。(笑)・・で・・・こう、逃げ出したのをずっと追っかけるのがですね、非常に、あの、顔がですね、ガチャピンによく似た(笑)女の娘で、ま、可愛いんですけど、峯岸みなみちゃんが追っかけるんですよ、その、あっちゃんをですね。・・・で、追っかけるところをずっとカメラで撮ってるんですが、ここはすごく、その、ちょっとしか出てこなくて可哀想な役の、その、峯岸みなみちゃんの、非常にその、フォトジェニックなですね、一生懸命ひたむきに走っているシーンがですね、まあ、彼女の見せ場になってんですけども、まあ、数少ないですね。

    そこでその、あっちゃんが突然倒れてですね、それでま、夢の中でその・・ドラッカーに会ってですね、ドラッカーに、その、大事なのは何かっていうのを問答するんですね、夢の中で。それで、そこで、
    「真摯さです」
    と。
    「ひたむきさです」
    って言われて、その・・言ってですね、私は逃げてたけど、また、なんていうか、
    「ちゃんと向き合わなきゃ」
    つって、それでまあ、最後の試合に、臨む、と。

    で、最後の試合では、幾つかのその、セットアップされてた問題が解決するわけですね。で、1つはその、ピッチャー。ピッチャーは要するに、まわりを信じてなくて、ましてやその、
    「自分が投げなければ、あとは全部ダメなんだ」
    と、
    「役立たずなんだ」
    と思ってたんだけども、手を怪我しまして、打球を受けて、指を怪我して、その時に素直に
    「怪我したんで、代えてください」
    と監督に言う、と。で、監督も、そのまわりもそれを・・・引き受ける。と、いう形で、本当のチームワークが出来て、まわりを信じる、ことが出来るようになってる、と。え~、それで、もう1つはその、ゆうきクン。あの・・・(笑)ダメだったゆうきクンが、活躍して、ハイ、それで、まあ、チームが勝つ、と。・・いうのが、この、お話しなんです。・・・が。

    主人公とドラッカーの、ストーリーへの関わりが薄い

    これを、聞いてるとこう・・お分かりになる・・と思うんですが、・・・あっちゃんは、大泉監督と、そのチームの人達の心のつながりが出来るような、要するに、監督に
    「言いなさい!」
    と、言ったのは、効き目があったんですが、それ以外はほとんど、このチームの勝ちに、あまり貢献していないという問題があるんですねえ。・・・それと、もう1つは、「真摯さ」、「ひたむきさ」が大事なんだって言ったんですけども、ひたむきさ、を、・・・演出されてるのは、あっちゃんではなくて、その・・・みなみちゃんがですね、走るシーンですね。あっちゃんを追っかけて、一生懸命、一生懸命走るシーン。・・・と、あの~、病気であるのにも関わらず、心臓病でもう、死が近づいているにも関わらず、決して、悲しい顔を見せないで最後まで笑顔でチームのみんなを励まし続けた、その、病気の川口春奈マネージャーなんですよ。「ひたむきさ」っていう、その、ドラッカーの中であっちゃんが学んだひたむきさを、映像として体現してるのは、あっちゃんではなくて、他のマネージャーなんですね・・・・・つまり、彼らはドラッカーとは関係なく元々「ひたむき」なんですよ。そこにまず1つ、「あれれ?」っていうとこがあって。

    「アイドル映画」としての欠陥

    で、もう1つはその・・・・・・これはねえ、やっぱりねえ、ドラッカー流に言うべきで、なんていうかねえ・・・なんていうか、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』を、『もし、ドラッカーの『マネジメント』に従って映画評論家が評論をしたら』ってことになるんですが。あっちゃんはですね、この、野球っていうのの、その・・・「定義」は何か、ってことを、「定義」が1番大事、会社っていうのはまず「定義」することで、この会社の目的はなんなんだ、ってことを「定義」することからその目的に向かって進むってことができるから、「定義」しろ。っていうふうにドラッカーは言ってるんですね。で、それで、野球・・の、我々の目的はなんなんだ、って「定義」するわけですけれども、で、その時に出てくるのがその、「感動させること」っていうのが出てくるんですね。で、もう1つ「定義」しなきゃならないのは、「顧客」は誰なんだ、と。誰のためにやってるんだ、ってことを、え~、確定しなきゃいけない、って、「顧客」とその、集団の「定義」、集団の目的っていうものを明確にしろ、ってことをその、ドラッカーは言ってる、と。いうことで、その、野球部を、まとめていくわけですね。

    で、それから考えると(笑)、この映画、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』っていう映画の、「定義」は何かっていうと、これは、「アイドル映画」ですね。アイドル映画の目的は何か、っていうと、アイドルを輝かせることですよ。ね。・・・最大の目的はね。ところがこの、あっちゃんには、彼女が輝く瞬間が全然与えられてないんですよ。彼女がその、芝居をするシーン、非常にその、なんていうか、能動的に芝居をするシーンてのは何ヶ所かあるわけですけども、1つはその、
    「アタシの方が野球上手いよ」
    つって、その、え~、最初に出てきてですね、え~、バットを持ってですね、ピッチャーの球を受けるシーンですね。これはスゴク嫌な女の子っていうイメージなんですねえ・・・。
    「アタシの方ができるよ!」
    つってやってみてダメで、それで、ふてくされて黙って帰っちゃうんですよ、ここ。で、野球チームの子達は
    「なんだ、あの女!」
    って顔をしてるわけですねえ。
    「フザケンなよ」
    って。ま、当たり前ですよねえ。
    「ナメてんのかよ」
    って。で、ここでもう心が全然通い合わないわけですね、その、彼女と、あっちゃんと、その、野球チームのその、最初の出会いのシーンですけども。

    ここはねえ・・・・・解決しなきゃいけないわけですよ。つまり彼女は最終的にその、非常に仲が悪い関係に、険悪な関係になってしまったチームのメンバーと、本当に心を通い合わせるシーンがなければ、これは回収されないんだけども、具体的には無いんですよ!そのシーンが。・・・・・・1番感動すべきシーンがないんですよ。てか、目的なんですよ、この、映画のね(笑)。で、この映画の目的は「アイドル映画」ですから、アイドルが本当に輝くようなシーンを作って、その輝くシーンを出すことで、チームのメンバーも、彼女を、好きになって、それで一体化する、っていう展開が必要なのにそれが無いんですよ。・・・見せ場が無いんですよ、彼女の・・・。「アイドル映画」としての目的を果たして無いんですよ。

    主役が輝いていない映画

    で・・・もう1つ彼女はその、非常にその、能動的に芝居をするシーンていうのは、さっきのあの、え~・・・そのマネージャーの女の子が心臓病で死んでしまって、
    「私はもう、こんなことをやってもしょうが無い!彼女が死んじゃったから!」
    ね、その・・・
    「野球なんか大ッキライだ!」
    つって、逃げ出す、っていうシーンなんですけども、これも、非常にネガティブで、本来だったら、モティベーションを、・・要するにまあ、マネージメント(笑)から言うとね、モティベーションを集団に対して与えなければいけない立場の彼女がですね、いきなりおもいっきりモチベーションを下げてるわけですね、みんなに。ていうか、チームの皆はもう、やる気になってるのに、1人で
    「もう、ヤル気ねー!」
    つってんですね。これ、最悪ですね、これねえ。・・・悪い方、悪い方なんですよ、彼女がやってることって。

    で、その彼女を引き止める、まさにその、「ひたむき」で、・・・ねえ、本来だったら、主役の子がやるようなことをやってるのが、みなみちゃんなんですねえ。これ逆ですね、これ。しかもその、ドラッカーの夢を見て帰ってくるわけですけども、その、あっちゃんは。で、帰ってきた後も結局、チームの試合をただ見てるだけで、まあ、何もしないんですけど、まあ、何もしないのは別に、いいんですが。・・・チームのメンバーとの心のつながりを作る、っていうシーンが抜け落ちてるんですね。だから、優勝する時も、別に、彼女が帰ってきても、ほとんど、チームのメンバーは別にどうでもいい、っていう状態になってるんですね。で、チームのメンバーがこの、最後の試合に賭けてるのは、まさにその、彼らがホントに愛していた、病気で死んだ、その、川口春奈マネージャー・・・の、ために、頑張るんですね、彼らは。で、彼女の形見である、その、帽子を、ベンチに置いて、彼女が座ってるようにして、で、何かバッターボックスにつく度にその帽子を触るんですね。チームのメンバーは全員、その死んだ、春菜ちゃんのために頑張ってるんですね。これ、あっちゃん、居場所無いじゃないですか!・・・これは問題ですねえ、これねえ・・・。

    で、僕は、どういう原作かどうかというのは置いといて、これは、映画であるんだから、映画としての目的を果たさなければならないと思います。それは観客を楽しませることですね。だから、原作がどうだから、これはこう出来ない、って言うんじゃなくて、映画にするからには、観客を楽しませる、という、まさに顧客を楽しませるという目的を果たさなければ、商品価値を持たない、と思います。・・・その部分でこれは、この映画は、主役であるそのあっちゃんを輝かせる、と。で、そのあっちゃんの輝きの元にチームのメンバーがみんな集まって観客の心も集まるという、ことを、機能的にしていない映画なんですよ。・・・商品としての問題性があるわけですね、これ。・・・非常に大きな問題だと僕は思いましたが、どうでしょうか?

    娯楽性の欠如

    え~・・それでですね、もう1つですね、顧客の問題、っていうことと、まあ、娯楽性の問題ということで考えるとですね、非常に娯楽性の薄い映画だと思いました。はい。え~、ストーリー的には軸はあるんですけども、その周りに何にもついてないんですねえ。僕は観ている最中にこう、非常に思ったのは、これは「素うどん」のような映画だな、と思ったんですねえ。「素うどん」には、その、うどんが入ってて、一応、汁が入ってる。でもそれ、そこには、それ以外何も無いんですね。娯楽性が無いんですね。楽しみが無いんですね。嬉しさ楽しさが無いんですね。

    で、映画における娯楽ってのは、一体何か?って言うと、映画を観ていて何が楽しくなるか、何が目的で映画行くか、ねえ。・・・ま、主役の、男の俳優、女の俳優が魅力的に映ってること。これは非常に重要ですね。・・・で、画面が美しいこと。これも重要ですねえ。あと、楽しいこと、笑いがあること。・・・ねえ。これも重要ですね。あと、恋愛ですね。ちょっとしたくすぐりでもいいんですけども、誰かが誰かを好きになるのを見てるは、非常に楽しいことですねえ。恋愛も必要ですねえ。スリル、サスペンスですねえ、あと。ハラハラすることですねえ。・・・あと、勝つことですねえ。こういった、娯楽要素。・・・ことごとく抜け落ちてるんですよ。これは商品としての問題性が、非常に、大きいと思います。軸はあるんだから、そこに、娯楽要素を、意図的につけて行かなければ映画にならないんですよ。

    素うどんのまま、作っても、一応、形はあるんですけれども、
    「ああ美味かった!」
    ってことにはならないですね。隠し味として、ね、だから、醤油のダシね、あの、かつおだしで。一応、鰹節でダシとって、ね、醤油入れて、うどん入れれば、素うどんにはなりますけど、それは、作品にはならないですね。娯楽にはならないですね。商品にはならないですね、商品にはなるけども。あの(笑)、まあ、ねえ。
    「これは美味い!」
    つって、客は来ないですねえ。これは、意図的にそういう要素を、加えていかなければならないものなんですよ。それが映画なんですよ。・・・ね。

    ~Conflict~
    がんばれベアーズ』と比べたら見えてくる、『もしドラ』に足りなかったもの

    がんばれベアーズ』のセットアップ

    で、僕はですね、え~・・・・・もう非常にその、ダメ~な野球チームをですね、立ち直っていく物語として、ま、最も有名、というか、最も有名でもないんですが、非常に好きなですね、『がんばれベアーズ』(The Bad News Bears)って映画があるんですね。それをちょっとね、例に出しながら考えてみようと思うんですけれども。え~、さっきはドラッカーの話を例に出したけど、スグ例に出すなよ、っていう問題も(笑)ありますが、例に出した方が自分で1人で考えるよりも、あの・・・・まあ、いいわけですけども、え~・・・実証的なわけですけども。え~・・・今度はドラッカーじゃなくて『がんばれベアーズ』をですね、軸に考えたいと思いますが。え、はい。

    がんばれベアーズ』は1970年代の野球映画でですね、これはリトルリーグの話ですね。それでロサンゼルスのリトルリーグで、酔っぱらいのダメなですね、それで、昔プロ野球選手だったんだけども、まあ、落ちぶれてプールの掃除とかやってるおっさんがいて、それ、ウォルター・マッソーですね。え、モリスっていうんですけども。それがまあ、リトルリーグの監督を任される、と。で、来たらですね、まあとにかくどうしようもない、メンバーなんですねえ。まあ・・・・酷い、と。これは、勝つ、とかそういうレベルじゃない、
    「野球知らねーよ、コイツラ!」
    っていうようなとこで、えー、愕然とする、と。いうとこから映画が始まるんですね、『がんばれベアーズ』は。

    これがもう、最初のとこからして面白いわけですよ。例えば、こう、ボールがこう・・・来てですね、ボールをキャッチすると茶色い物がついてるんですね。で、監督が
    「何だこれは!」
    って言うと、それ、チョコレートなんですね。で、キャッチャーがですね、デブちんのキャッチャーがですね、チョコレート食べながら野球やってんですよ。で、(笑)
    「どうなってんだ?これは!」
    と。で、ノックするんですけども、全く皆、捕れないんですねえ。その、どうしようもなくて。で、あと、メキシコ系の男の子の選手がいるんですけども、ま、その子は全くですねえ、英語が通じない、と。で、それ以前にスゴクちっちゃいんですよ、その子が。バットと同じ位の背の高さしかないから、野球出来るレベルじゃ無いだろ!って言うぐらいのですね、ちっちゃい子なんですねえ、メキシコ人の子は。

    で、あと、もうホントに痩せっぽちでどうしようも無くてですね、もう、ボールを投げることも出来ない、その、外野なんですけども、ライトなんですけども、その、ボールを返球することも出来ない、っていう、えー、子がいてですね、まあ、ルーパスって子なんですけど。もう、これがみんなにいじめられてるんですね。みんなに、もう
    「お前なんか来んじゃねーよ!」
    とか言ってもう、めちゃくちゃいじめられてるルーパスって子がいてね。あとピッチャーがですね、これド近眼なんですよ。で、運動神経以前の問題で、ほとんど、見えてないんですねえ。で・・もう、全くストライクは入らない、と。フォアボールばっかり、と。で、もちろん、全く見えてないわけですから、バットも、振っても当たんないわけですよ(笑)。

    ナニソレ?っていう、これ、野球とか以前の問題だろ?つって、その、ノックの時にですね、バントをしてみせるんですね、その監督が。するとですねえ、誰も捕りに行かないんですよ。
    「どうしたんだ、おい!」
    とか言うんですけど、
    「これ、バントって言うんだよ!」
    「取りにいけよ!」
    「取りに来いよ!」
    って言うんだけど、
    「なんだっけ?それ」
    って、
    「そんなもの知らねーよ」
    って言われるんですね。可笑しいでしょ?物凄く可笑しいんですよ、これ。ものすごい惨めなんだけど、爆笑するんですねえ。

    日本映画によくある、ギャグの撮り方の失敗

    ところがですね、この、『もしドラ』の、最初にその、あっちゃんがですね、野球チームのメンバーが野球やってる、練習してるとこに来た時にですね、彼らがヤル気が無い、っていう描写があるんですけども、ヤル気が無いことは、ダラダラやってるからわかるんですが、全く笑えないんですよ。この『もしドラ』って映画の問題は、笑いが全く無いんですね。ホンジャマカ石塚がですね、ドラッカーの宣伝をするとこも、可笑しい風には撮ってるんですけど、ユーモラスに撮ることと、笑わせることは基本的に違いますから。これ、日本の監督がよく間違えてることで、ユーモラスな雰囲気に撮るだけでは可笑しくなくて、却って寒くなるんですよ。これは、具体的にギャグを入れなきゃいけないんですよ。笑わせるためには。

    で、ギャグを入れるのが難しかったらこれは、プロに頼めばいいんですよ。ギャグ作家の人とかに、シナリオを持って行って、ここで笑わせるにはどうしたらいいか?って、相談する、のが1つ。で、もう1つは、ま、ここで石塚さんを使ってるんですけども、まあ、彼は台本を読んでるだけなんで問題なんですが、コメディアンかギャグの出来る人をキャスティングして、その人にアドリブをやらせることなんですね。これは非常に大事で、『ハングオーバー! 』(ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い The Hangover)って映画の監督とこの間、インタビューしたんですが、ギャグのほとんどは、それぞれのコメディアンがアドリブをしたものなんですよ。で、いろいろやってて外れもあって、外れは切ってるんですね。現場で試行錯誤してるんですね、どれが可笑しいか。これはアメリカのコメディーの基本なんですよ。

    ギャグ作家をまず雇って、ギャグをいっぱい書かせること。更に、コメディアンにそれをやらせてアドリブをやらせること。それで、ものすごい数のギャグを現場で撮って、それで、ウケたやつだけ繋ぐんですよ。これ、物凄く大事なテクニックなんで、これはもう、是非日本の映画監督の人たちは真似して欲しいと思います。はい。で、とにかく最初にその、ダメチームのダメぶりが、紹介されるとこは、これ、笑わせどころなんだから、誰か物凄く面白い男の子をキャスティングして、笑わせた方が良かったと思います。はい。

    キャラクターを立てるということ

    で、もう一つこの、『もしドラ』の問題は、その、男の子の野球部員たちが、キャラクターが全然、立ってないんですよ。はっきりとキャラクターを立てて演出しなければならなかったと思います。キャラクターを立てようと思えばいくらでも立てられました。まずピッチャーは非常に傲慢な男である、ということで、非常に傲慢なことを言って、まわりを傷つけるシーンが必要だったんです。これは、はい。
    「オレはできるのにオマエラはクズなんだ」
    って、
    「お前等のせいでオレはできないんだ!」
    ってことを、言わせちゃうべきでした、これは。はい。

    あと、キャッチャーは、その、元、その、昔ですね、その、えー・・・子供の頃からあっちゃんの幼馴染で、あっちゃんが、その、女の子なのに野球をやっていたことを知ってるんですね。・・・で、そこまでなんですよ。これは、このキャッチャーとあっちゃんの間にそこはかとない恋愛感情を、出すべきでしたね。こう・・・なんていうか、えー、キャッチャーが凄く乱暴な、いわゆるなんていうか、男らしいワンパクな小僧っていうイメージで、その・・やってるんですけども、で、
    「お前なんか女だから、野球なんか出来なねーんだよ」
    みたいなことを、もっと、言わせちゃうんですよ。でも、それはその、彼女に対する裏返しで、
    「野球なんかやってるよりも、女の子らしいことをしたほうがいいんだよ」
    みたいなね。
    「本当は好きだ」
    っていうようなことを裏返しにしてるんだ、みたいなところで、これは幼馴染なんだから恋愛感情をつけるべきですね、ここで。で、反発してるんだけども本当は・・・好き、っていうところを出しておけば、これは1つのドラマとして、また、物語を引っ張る、要素になったんですよ。

    で、もう1つはこのゆうきクンで、ゆうきクンはまあ、とにかく守備がヘタで、その、あの・・・バッテイングもダメで、っていう子なんですね。このゆうきって子が、その、スケープゴートになってて、もう、
    「アイツがいるから出来ないんだ」
    みたいなことになってるわけですけども、これももっと強調して、完全に、この子はいかにダメか、いかにダメなのか、ってことで、この子を逆に良くすることで、チームは立ち直ることが出来るんだ、っていう「キー」にすべきでしたね。
    ・・・という点で、『もしドラ』っていうのは、その、キャラクターの構築に関しても、強調に関しても、その、キャラクターを立ててない、っていう点で、ドラマを引っ張る力を失ってます。

    『がんばれベアーズ』を引っ張る、魅力的なキャラクター達

    はい、それで『がんばれベアーズ』の話に戻ると、ですね、まあ、野球をやらせてみたら、まあ、とにかくどうしようもない、と。で・・・その・・・モリスっていうその監督はですね、まあ、酒が進むわけですね(笑)。酔っぱらいなんですよ。アル中で失敗したんですね、野球選手として。でまあ、酒ばっかり飲んでるわけですね。この人がいかに凄い酒呑みかっていうと、ビールの中にですね、ウイスキーをいれてですね、飲むんですね。これ、ボイラーメーカーっていう酒の飲み方ですね。非常に悪酔いします。はい。

    最近見た映画で『ソア』っていうね、え、『マイティ・ソー』(Thor)っていう、北欧の雷神、雷様が地上に下りてくるというですね、ドリフのコントみたいな、アメコミの漫画化・・あ、映画化が(笑)あったわけですけども、その中で『ソア』ってのは北欧のバイキングの神様なんですね。で、バイキングであることを証明するためにですね、何をするかっていうと、ビールにですね、ウイスキーを入れるんですよ(笑)。・・・それで、ボイラーメーカーにしてイッキ飲みする、っていうシーンがあってですね、非常に(笑)、これは教育上、良くねーな、と思いましたけど。あれは下手すると・・・急性アルコール中毒で死ぬ人がいますけどね。えー、そういうシーンがあって、
    「オレは、バイキングの子孫だからこんなものイッキ飲みだぜ!ガー!!」
    ってこう、雷様が飲むんですけども、・・・え~、ま、それは置いといてですね。

    そのボイラーメーカーをウォルター・マッソー扮する『がんばれベアーズ』の監督が、グビグビ飲んでて、それで、あの・・・ベンチで飲んでるんですよ?それでもう、酒臭くてしょうが無いんですけども、それでまあ、野球やってて。とこらが、ボロ負けに負けたんで、やっぱ、悔しくなるわけですねえ。で、勝たなきゃ、と。えー、金ももらってるし、と。いうことで、頑張るんですけども、その時に彼が、その、2つ、助っ人を・・・雇うんですね。

    1人は、自分が子供の頃から育てた、もう、野球がめちゃくちゃ上手い女の子なんですよ。それがテイタム・オニールですね。で、彼女はもう、女の娘・・・思春期になっちゃったから
    「もう、野球じゃないわ」
    って感じでちょっと、スカートとかはいてですね、えー、ちょっともうすぐでブラつけるかな?とか言って、
    「私ももう、ブラつける年頃よ」
    とか言うんですね。それで、ウォルター・マッソーはその、彼女のお母さんと、え~、結婚しようと思ってたんですけど、アル中でその、結局うまくいかなかったんですね。ま、連れ子なんですよ、相手の奥さんの。
    「ちょっと、野球、頼むからやってくれよ」
    つって、その彼女を呼び戻すんですね。で、ブラつけるとか言って、
    「お前、ブラつける必要全然ねーじゃねーかよ!お前、オッパイねーじゃねーか!」
    って言うんですけど(笑)、そういうとこが可笑しいんですけども。

    あ、そうそう、・・・「セリフの可笑しさ」ってのはまた大事なんですよ。もう、セリフがねえ・・・このやり取りで、アメリカ映画ってのはホント、魅せますよねえ。こう・・・面白いセリフでやり取りで。でも、日本のテレビドラマも結構、面白いセリフのやり取りで魅せてるんですよね。もう・・・セリフの丁々発止の、こう・・・キャッチボールで、もう、「可笑しい」っていうのは、日本のドラマでも上手くいってますけども。この『もしドラ』は、セリフのやり取りが面白く無いんですよ。「クスリ」ともしないんですよ。で、こういうのもねえ、やっぱり、上手くない・・・そういうのが得意じゃ無い人が書いたんだったら、これは、やっぱり、書き直していいんですよ。映画のために、面白くなるように。・・・プロ使っていいんですよ。アメリカのはダイアログライターって人がいますからね。会話だけ書くんですよ。それぐらいの分業作業してもいいと思いますよ。はい。えー、まさに「マネジメント」ですね、それこそ。はい。

    で、まああの、『がんばれベアーズ』はその、まずその、テイタム・オニール扮する豪速球の女の子ピッチャーを呼んでくる、と。

    で、もう一つはですね、その、不良少年で近所でもって悪いことばっかりしててですね、えー、バイクで走り回ってる悪いやつがいてですね。この子は、酒は飲むはタバコは吸うはですね、小学生ですよ(笑)。えー、やってる、ケリーって男の子のがいてですね、でまあ、この子は運動神経がめちゃくちゃいいんですね。で、その彼を連れてくるわけですね。つまり、バッターがいないわけですよ。で、彼をバッターとして呼んでくる、と。

    『がんばれベアーズ』のストーリーの盛り上がり

    ・・・いうんで、その、試合をやると勝ち始めるんですが、1つ問題が出てくるんですね。このケリーっていうのは、まあ、運動神経がいいから、他のやつをバカにしてるんですね。それで、他のその選手が捕るべきボールを、の、前に出て勝手に捕っちゃうんですね。ねえ。で、また、その・・・彼女の方、テイタム・オニールのピッチャーの方も、やっぱり、女の子が投げてるっていうのでみんな不満になってくるんですね。
    「なんだよ、女なんかによお・・・」
    って感じで。で、チームの人間関係、どんどん悪くなってくるんですよ。・・・勝つんだけど。・・・で、この辺も良く出来てますねえ。

    で、しかもその、えー・・・勝て勝て、勝て!って、急にその、
    「勝て勝て!」
    みたいな感じになってきたんで、監督が。で、みんななんか、嫌な感じになってくるんですね。で、それまでいたピッチャーのその、ド近眼の男の子のは、とにかくド近眼(笑)ですから、どうしようもないわけだから、バッターボックスに立つ時も、こう言われるんですね。その、
    「お前なんか、どうせ、バット振ったってあたりゃしねーんだからよ!」
    つって、その・・・
    「顔面からぶつかってデッドボールとれ!デッドボールになれ!」
    って言うんですね。もう、それぐらい酷い感じに監督がなってくるんですね。で、まあ、その、えばり散らしてですねえ、もう酷いことになってくる、と。勝つために。もう、がむしゃらになりすぎて。そこでですね、テイタム・オニールが
    「アンタ、なによ!」
    ってことを言うんですね。
    「アンタ、こうやってもう、・・・なんか、子供をいじめて、酔っぱらいで、どうしようもないわ!」
    みたいなことを言って、大喧嘩になって、えー、とうとうテイタム・オニールとも仲が悪くなってって、チーム完全にバラバラになるんですね。

    盛り上がるべき場所に主役が不在の『もしドラ』

    え~、この辺がねえ、あの・・・いわゆる物語でいうと1番谷間の部分ですね。で、この部分ていうものは、えー、この、『もしドラ』の中では、最後の試合の前に、なんだっけ・・・あっちゃんのその、親友のマネージャーのあの、春菜ちゃんが死んで、あっちゃんが突然ブチ切れて
    「もうワタシは野球なんかやらないわ!」
    って言っちゃうんで、こう・・・、収集がつかない状態になっちゃった、まま、終わっちゃうんですね。あの、彼女がみんなに嫌われた、っていうか、彼女とみんなの心が、ちぎれたまま終わっちゃうんですけども。

    ・・・「あっちゃんに、みんなの心が行く」っていうシーンが必要なんですよ。実はこれは。実は、彼女自身の抱えている問題は、「女だから野球が出来ない」っていう挫折感なんですね。これを、どのように解決するか?で、彼らみんなそれぞれ抱えている問題があって、要するに、ピッチャーが傲慢である。・・・ね。で、どうしようもないショートがいる。・・・ね。で、監督が、その、なんていうか、人に気を使い過ぎて何も言えないっていう問題は解決されてるんですが、その2つの問題は明確に解決されてはいないんですよ。ピッチャーの問題とショートの問題は。この話の中では。

    で、これをどのように解決するか。まさにそれを解決するべきが、マネージャーのあっちゃんなんですよね。あっちゃんが何か能動的な解決をするべきなんですよ。しなければ、あっちゃんの元にみんなの心が集中しないんですね。だから、最後まで、その、みんなの、野球チームの心は、死んだマネージャー、川口春奈ちゃんのところに行ったままなんですよ、行ったきりなんですよね。これを、あっちゃんの心に集めなきゃいけなかったんですね。で、そのためにあっちゃんが非常に輝く瞬間をここで用意すべきなんですよ。フォトジェニックにも、物語的にも、女の子としても、観てる人も。・・・野球部の皆も、みんなが彼女に恋しなければいけないんですよ。恋させなきゃいけないんですよ。それが「アイドル映画」の目的であって、この物語の目的でなければいけなかったんですね。そのシーンを作るべきだったんですね。それが無い、と。

    ~Resolution~
    『もしドラ』に対する提案:娯楽としての映画技術を『ベアーズ』から学ぶ

    ストーリーに対する、主役の能動的な関わり

    どういう風に作るか?まあ、いろんなアイデアがありますけども、とりあえずポイントになる部分ていうのは、ピッチャーとそのショートの関係を良くすることですね。・・・そこに彼女が関わってくる。まずこの、ショートの問題ってのは何か?って言うと、まあ、はっきり言うと、まあ、ボールに自分からぶつかって行って捕れないんですね。怖がっちゃってんですね。ねえ。で・・ま、バッテイングに関しても、その、度胸が無いから思いっきり振ることが出来ない、と。いうとこで、この・・・まあ、非常に気の弱い男の子である、と。で、これを解決するにはどうしたらいいか?ねえ。どうすんのか?・・・ねえ。・・・ていうことなんですよ。

    気の弱い男の子に、度胸をつけさせるには、どうするんですかねえ?!

    ねえ、まずですねえ、、この男の子がとにかくヘタクソだから、あっちゃんがノックやってる、やるっていうシーンをあるとするじゃないですか。ま、この辺とかは必要ですね。で、何回やってもこう、なんていうか、ま、出来るんだけれども怖がっちゃって、精神的な、テクニックよりも精神的な問題があってこのゆうきクンは、ショートはですね、えー、ボールにぶつかって行くことが出来ない、と。思いっきり振ることも出来ない、と。いうことが段々わかってくる、と。それで、この子の心の中にある、その、何かを外さなきゃいけない、と。いうことになるわけですねえ。その・・・・で、その時「心の中にある何か」ってのは何か?って言った場合に、この場合、野球のグラウンドから外に出なければならないと思いますよ。

    この、『もしドラ』っていう映画の問題は、ま、『がんばれベアーズ』もちょっと、そうなんですけれども、子供達の、その・・・野球選手達のその、背景が全く見えないんですよ。どういう子なのか。どういう家なのか。全然、わかんないんですよ。

    で、その、思いっきりやることが出来ない、その、勇気のないゆうきクン・・・どうしてこの子はこんなにちっちゃい子なのか、心のちっちゃい子なのか、気のちっちゃい子なのか。ってことを解決するには、その、彼女は、マネージャーは、彼の、悩みを聞いてあげて・・・彼のことをわかってあげなきゃいけないんですね。

    だから、これも非常に重要なのはゆうきクンの悩みを聞いてくれるのは前のマネージャーなんですよ。川口春奈なんですよ。これは・・・やっぱり(笑)、ドラッカーやって、その、経営学って言ってんだったら、その、えー、働いてる人の、気持ちをわかってあげる、働いてる人の状況をわかってあげる、っていうのは必要だったと思うんですけども。だからこれは、
    「ゆうきクンの家、どうなってんの?」
    つって、
    「ゆうきクン、何が辛いの?」
    つって、帰り道を一緒に付いて行ってあげるべきですよね。で、多分なんか彼は、まあ例えばですね、私生活に問題を抱えているとするじゃないですか。え~・・・ま、なんでもいいですよ。親父がすごい飲んだくれで暴れてる、とかね。え~、あとは・・・親父がもう、家を出てっちゃって、それで、お母さんはもうなんか、男を部屋に連れ込んでる、とか。ぐちゃぐちゃになっちゃって、家に居場所が無い、とか。で、もうなんか、もう、すごく辛い、と、いう問題にしますよ、例えば。ね。

    で・・・・その悩みを聞いてあげなきゃダメでしょ、あっちゃんが、ねえ。
    ・・・で、例えばその、すごく意地悪なお父さんや。意地悪なお母さんにあっちゃんが何か言ってもいいですよ。ねえ。
    「ちょっと・・・おばさん、ひどいよ!」
    みたいなねえ。
    「ゆうきクン、一生懸命野球やって帰ってきたんだからさあ、」
    つって、ねえ、
    「そんな言い方無いじゃないの!」
    とか。・・・言ってもいいですよね。・・・ね。でまたその、ゆうきクン相手にねえ、ずっとノックして、ゆうきクンの特訓をやってあげてる、と。

    で、それをまた、傲慢なピッチャーが見るわけですよ。傲慢なピッチャーと、ちょっと、反発心を持ちながらその・・・なんていうか、あっちゃんのことをちょっと好きな幼馴染のキャッチャーも見るわけですよ。ね。バカにしてるわけですよ、ゆうきクンのことも、あっちゃんのこともね。その2人は。でも、暗くなっても一生懸命やってるのを見て、ちょっと、心が動く、っていうシーンがあっていいと思いますよ。でねえ、なんかこう、荷物かなんかを持とうと、その、あっちゃんがした時に、ちょっとバタッと倒れたり落っことしたりするシーンがあるといいと思いますよ。ね。筋肉痛なんですよ。ね。で、
    「イタタ・・」
    とか言ってんで、そこにキャッチャーが・・・たまたま居て、
    「ちょっと、どうしたんだよ?」
    つって、手か何かをこう、持ってやると、血豆が出来てるとかね。そういうのもいいと思いますよ。ね。
    「どうしたんだよ?おまえ・・・。こんなになるまで何やってんだよ、無駄だろ!ゆうきのためにやってんのかよ?!」
    とか言うと、
    「いいんだよ!私は、女の子だから野球は出来ない、って言われたから、今マネージャーとして、私の代わりにみんなが野球をやってくれてると思ってるの!」
    とか言うんですよ。そうしたら、あの、キャッチャー、
    「ガーン!」
    ですよ。
    「私は女だから野球は出来ないけれども、私がこうやって、野球をやってる子達をがんばって応援して、手伝ってあげれば、みんなが打つボールは私が打つボールだし、みんなが投げるボールは私が投げるボールで、みんなが捕るボールは私が捕るボールなの!」
    ってなことを言うんですよ。そうしたらキャッチャー、
    「ガーン!」
    となりますよ。

    主役の魅力を引き出す演出

    で、しかもその、ある程度その、彼女が何かを犠牲にするシーンが必要なんですよ。これは非常に重要なことで、みんなの心を掴んだり、その、信じさせる力って、何が1番重要なのかって言うと、その人が、自分を犠牲にすることなんですね。自分を捨ててるところを見た時に、初めて人はその人を信じるんですよ。すごく優秀な人がいて、その人がイケイケで、バリバリに勝ってて強いよ。でも、その人を信じないですよ、誰も。ダメな人なんだけれども、自分のために何かを捨ててくれる人。何かを死に物狂いでやってくれる人。傷だらけになってやってくれる人、恥をかいてくれる人。みっともないことをやってくれる人。それを見た時初めて、人はその人を信じるんですよ。それが「ひたむきさ」なんですよ。それを「ひたむきさ」と言うんですよ。あっちゃんはここで「ひたむきさ」をみんなに、証明する必要があったんですよ。

    それは、ゆうきクンのために・・・ね、ボロボロになるまで、ノックをやってあげたり、ゆうきクンの抱えてる、その、家の問題とかを逆に解決してあげたり。例えば、働かなきゃなんなかったら、代わりにバイト・・・働いてあげたりね。子供の・・・幼い弟の世話が必要だとか、そういう状況だったら弟の世話をしてあげたり、とか。何か、彼女にしか出来ない事をして、犠牲を払って。で、例えば、学校で居眠りしてばっかりで、授業中。で、
    「どうしたんだ?!」
    って言われると、もう・・・寝てない、とか。あの・・・(笑)『地獄のミサワ』みたいに
    「寝てないよ!」
    みたいな。
    「3時間しか寝てないぜ!」
    とかね、言わないんですけど。あの、犠牲を払う人は、そいうことを言わないですから、自分では。それが必要だったんですよ。それをみんなが、自慢しないんだけどもあっちゃんは、ふと知っちゃうんですね。あっちゃんが陰で何をがんばってるか。それがみんなの心を掴む、っていうシーンにして欲しかったですねえ・・。

    で、その、一生懸命死に物狂いでやってる時に、あっちゃんがもう、汗びっしょりだったり、顔泥んこで、笑顔を見せるんですよ。スローモーションでいいですよ、ソフトフォーカスでいいですよ。ねえ。・・・泥んこになって・・・でも、目だけはニッコリ輝いてて。もうホント、太陽の様に輝いてて。で、汗がこう、ピカピカ光ってて、キラキラと。または、その、バイトとかで、一生懸命その、ゆうきクンのために働いてあげたり、その・・幼い弟と遊んてあげたりしてるのを、ふと、キャッチャーが見るんですよ!すごく良いお姉さんみたいにして弟と遊んであげてたりする、ゆうきクンのね、・・ところをふと、キャッチャーが見ちゃうんですよ。惚れるんですよ。・・・惚れちゃうんですよ、そこで。キラキラ輝いてる、スローモーションで、ソフトフォーカスのあっちゃんを見て。惚れる、ってシーンが欲しかったですね。それは観客も惚れることだから、あっちゃんに。それが「アイドル映画」ですよ。

    で、今までその、1番その、あっちゃんに対して反発してたキャッチャーが、あっちゃんに惚れることで、キャッチャーってのは、ま、要(かなめ)ですからね。彼を中心に、あっちゃんに向かって、段々、チームのみんなの心が向いていく、と。・・・いう必要があったですね、そういうシーンが。

    鬱憤が炸裂する瞬間にドラマが生まれる

    で、もう1つ映画に必要なのは、バイオレンスですね。これはまた必要なんですよ、実は。バイオレンス。・・・すごく溜まった鬱憤を、炸裂させる瞬間てのは絶体必要なんですよ。その時に本音が出るんですよ。・・・ドカン!と。

    あと飲んだくれで暴れて意地悪なお父さんがいたら、それにその、あっちゃんが立ち向かったりね。で、あっちゃんが殴られそうになって、
    「コノヤロー、お前。オレの息子に、何だオマエ」
    って言って、親父がその、あっちゃんを殴ろうとしたところに、・・・初めてその、ゆうきクンが立ち向かえばね、
    「あ!オレ初めて、親父に逆らえたよ。立ち向かえたよ!」
    ってことで、その日からボールにぶつかって行く事も、怖く無くなったり、するんじゃないの?

    で、これは『がんばれベアーズ』の話に戻るとですね、その、もうどうしようもないその、ルーパスっていうですね、もうヘナチョコでどうしようもない、フニャ~、って言ってる男の子がいてですね、全く役に立たない、と。で、これがいじめられるシーンがあるんですね。近所にいじめっ子に。・・・で、もう酷いことを言われるわけですよ。
    「オマエなんかクズでどうしようもねーな!」
    とか言われて。ところがいつもルーパスを
    「うぜーな~、コイツがいるせいで野球勝てねーよ・・」
    と思ってる男の子がいるんですが、それがとうとうたまりかねて、
    「やめろよ!コイツはなあ、クズかもしんないけど、オレのチームメイトだぜ!」
    つって、その、いじめっ子に、もう、バーン!と体当たりしていくんですよ。ま、やられちゃいますけど。・・・良いシーンなんですよ。これ泣けるんですよ。これ、ルーパスとその、いつもいじめてたチームの男の子が、そこで、初めて心を通わせるシーンですね。

    で、もう1つはですね、テイタム・オニール。テイタム・オニールが
    「女なのによ~!」
    とか言って、みんなに、チームのみんなに、
    「・・んなもん、バカにすんじゃねーよ!」
    みたいな感じで、その、いくら野球が上手くても嫌われてるんですね。心を掴んで無いんですね。その・・テイタム・オニールが。ところがそのテイタム・オニールが、えっと、キャッチャーがとにかく全然ダメだから、バックホームされた時にキャッチャーがキャッチ出来ないだろうと思って、バッターボックスに走ってってですね、えー、キャッチャーのカバーするんですね、ピッチャーである、その、テイタム・オニールが。で、その、ホームに突っ込んで来る選手を刺そうとするんですけども、そしたら、ホームに突っ込んで来た奴が、スゴイ悪いやつでですね、ていうか、監督の悪い指示を受けてですね、体当たりをしてくるんですね。で、あの・・・スパイクで、あの・・・テイタム・オニールのオッパイのところを、蹴り飛ばすんですよ。体当たりして。酷い、ですけど。
    それを見た、ベアーズのみんながですね、一斉に、
    「バカヤロー!!」
    つって、バー!!っと大乱闘になるんですね。今までその、テイタム・オニールを
    「フザケンじゃねーよ、女のくせによ!」
    つってた子達が、チームメイトの、その、オッパイを蹴られたから、もう、ガー!!っつって、もう、全員、ボコボコにぶん殴るんですね。負けてますけど。・・ちっちゃいから(笑)。ここも良いシーンなんですよ。

    ・・・これぐらい欲しかったですねえ。やっぱり、こういうのが必要なんですよ。だから、日本の高校野球だと、その、なんていうか、あの・・・殴ったり蹴ったりすると、出場停止になっちゃうから暴力シーンてのは入れにくいんで、ここは、ポイントは、あっちゃんの出番じゃないですか?!・・・ねえ。あの・・・なんていうか、ピッチャーとキャッチャーのことを前から知ってるその、ライバルチームの奴が、あの、最初の方でですね、
    「お前等のチームはよう、ピッチャーとキャッチャー以外は全然役立たずだな!」
    って、
    「野球出来てねーじゃん!」
    て言うシーンがあるんですけども、あいつは悪役として、ちゃんと育てるべきでしたよね。あいつ、もう一回出てくるんですよ。で、最初言われた時にその、言われたピッチャーとキャッチャーは、
    「ま、その通りだな・・・」
    って顔をしてるわけですけども、ちょっとみんなとの心、チームのメンバーとの心が通い合った後に、同じようなことを言われるわけですよ。
    「お前等さあ、その野球チームにいなけりゃ、お前等ピッチャー、キャッチャー、結構いいとこに行ったのになあ・・・あんなチームと一緒にいるから勿体無いことをしたな!」
    とか言われるわけですよ、また。その時のそのピッチャーとキャッチャーが
    「フザケンな、コノヤロー!!」
    ・・・ねえ。
    「あいつらみんな、オレの仲間なんだ!」
    って言って殴りかかるんですよ。そいつに。・・・ね。

    でも、殴ったら終わりでしょ?野球って。今。そこであっちゃんの出番ですよ。あっちゃんがパーンて、
    「パシーン!」
    ですよ、その悪いやつ。嫌なやつの顔をパーン!てやりゃいいんですよ。あっちゃんがそこで。・・・ね。
    「出場停止になっちゃうと困るから私がやったわ!」
    って言うんですよ。それで、
    「あなたも女に叩かれたことを世間には言えないわよね、・・・恥ずかしいからね。・・・下品なことを言ったんだし。」
    これでいいじゃないですか。・・・かっこいいじゃないですか。もう、それ・・・・あったら、チームのみんな、心がどんどん1つになっていくでしょ。

    エンディングの解放感

    で、最後に、最後の試合の前にね、あの、やっぱり、その・・・川口春奈ちゃんは、やっぱり、亡くなるわけですけども、亡くなった時に、1番、がっくり来るのって、主人公のあっちゃんじゃなくて、実は、川口春奈のことをホントに慕ってたチームメンバーの方がホントはがっくりくるべきなんでね・・・。だって、あれだけ慕ってたんだから。ねえ。で、みんな、ガクンときちゃって、ショボーンとした感じになっちゃう、と。あんなに、良かったマネージャーが死んじゃって。ねえ、最後の試合だったのに。ねえ。で、その時にね、キャッチャー、一言欲しかったですね。・・・ね。あっちゃんの方に、心をみんなが向ける、セリフが欲しかったですね。・・・ね。・・・それは欲しかったですよ。ねえ。
    「彼女は亡くなったけれども、今ここに、あっちゃんがいるじゃないか!・・・みんななんだよ!なんで、死んじゃった・・・ねえ、川口春奈マネージャーは良かったけれども、いい子だったけれども、俺達、大好きだったけれども、でもここに、もう一人いるじゃないか!」
    と。
    「あっちゃんがいるじゃないか!」
    と。
    「彼女のために、がんばろうぜ!」
    ってキャッチャーが言うべきですね、ここでねえ。そこで完全に彼女との和解が出来るわけですよ、そこで。・・・ね。それで、野球の試合に行く、っていう展開にすれば良かったですねえ。それだったらもう、凄く、整合性があるし、もう、ここでもう、観客の気持ちも、チームのみんなの気持ちも1つになれますからね、ここでね。で、彼女自身の抱えてる、その、「私は野球がやりたいのに、女だから野球が出来なかった」っていう問題が、最後の試合で初めて、解決される、っていう展開になりますから、ここで。・・・ね。

    『がんばれベアーズ』の感動的なラストへの流れ

    で、『がんばれベアーズ』の話に戻ると『がんばれベアーズ』って映画はホントに最後のほうは感動的なんですね。勝つことばっかり考えて、その、チームの気持がみんな、バラバラになってしまうわけですけれども。その中でですね、その、敵チームの監督、ってのがヴィック・モローって、あの、『コンバット!』(Combat!)はのあのオッサンがやってますけども、『トワイライトゾーン/超次元の体験』(Twilight Zone: The Movie)の撮影中にヘリコプター事故で亡くなった方ですが、このヴィック・モローがですね、え~、相手チームで勝つことばっかり考えてる監督なんですよ。で、それに引きずられていくわけですね、ウォルター・マッソー扮する主人公の監督も。勝つことばっかり考えちゃう、と。

    ところがですね、勝つことばっかり考えるあまりにその、敵チームの、ライバルチームの監督がいきなりピッチャーの頭をぶん殴るんですね。バーンと。
    「逆らうんじゃねーよ!」
    みたいな感じで。で、それを見てみんな、
    「へ?なんだこれ?・・・なんか間違ってるよ、これ・・・」
    ・・・って思うんですね。で、ふっ、と、その主人公の監督が気がつくんですよ。
    「しまった!オレ、勝つことばっかり考えてたら、アイツと同じになっちゃったよ!」
    ・・・まさに「定義」ですね。ドラッカーの言う「定義」。
    「リトルリーグの目的は勝つことなのかよ?野球に。・・・違うでしょ。」
    と。
    「子どもたちがみんなで野球をやることが目的だよね」
    ハッ!と気付くんですね。
    「しまった!オレ、目的がわかんなくなってた・・」

    それで、チームがもう、あともうちょっとで、完全に勝てると、いう時なのに、突然その、・・・要するに、最後の試合ですからね、この試合が終わるともう、次のシーズンまで無いわけですけども、・・・突然監督がですね、
    「今までずっとベンチにいた奴と、レギュラーメンバー、入れ替え!」
    って言うんですね。
    「総入れ替え!」
    って言って、
    「試合に出てなかった奴、全員出て!」
    って言うんですね。で、みんな、
    「え~?!!もうちょっとでこれ、決勝戦に勝てるかも知れないのに?!」
    って言うと、
    「いやいや、これでもうシーズン終わりだから。これで最後の試合だから。これで出とかないと試合に出ないことになっちゃうだろ、みんな。」
    って言うんですね。
    「そんなバカな!!」
    って言うんですね。みんな。
    「みんな、何言ってんの?皆出ろよー!」
    つって、入れ替えちゃうんですね。弱い、もう、ヘナチョコの子達と。

    で、さっき言った、その、メキシコ系の、スッゴい(笑)ちっちゃい子とかまでですね、ホントにバットぐらいにしか背の高さが無いんですけど(笑)、それまで試合に出しちゃうんですよ(笑)。いいのか?コレ?とか思うんですけども、リトルリーグの年齢制限に合ってんのかな?とか思うんですけども。・・・で、あともう、どうしようもなくて、全く役に立たなかったルーパス君も出ちゃうんですねえ。で、もう、入れ替えちゃうんですね。あと、ピッチャーもですね、その、テイタム・オニールじゃなくて、近眼で、全く見えてない、ピッチャーの男の子を出しちゃうんですね。

    ・・・で、どうなるか?っていったら、もう、ボロボロに負けるわけですけども。でもねえ、良い所もあるんですよ。例えば、そのすごいちっちゃいメキシコ系の男の子。バッターボックスに立つとですねえ、ちっちゃくてですねえ、ストライクゾーン入んないんですねえ(笑)。ストライクゾーンが物凄く小さい(笑)・・・・ものすごい小さいもんだから、針の穴を通すみたいなストライクなんで、全然入らなくてフォアボールでねえ、あの・・・進んじゃうんですけども。そういうのが結構、可笑しくてですね。

    で、もう、ホント1番泣けるシーンていうのはねえ、・・・ルーパス君。もう、全くフライとか捕れなかったルーパス君がですねえ、ま、フライを捕るんですよ。もう、「フライを捕る」ってそれだけのことなんですよ。凡フライですよ。もう、彼がそれを捕った時に、もう、観客ももう、チームメイトもみんな、号泣ですよ、もう。たかが「フライを捕る」ってそれだけで、これだけ泣かせるってのはやっぱり、「演出」なんですよ。「物語」なんですよ。キャラクターがちゃんと、立ってるからですよ。この子がいかにダメか、いかに惨めか。・・・でもみんなが、最後は彼を応援して、どれだけ応援したか、ってことが、ちゃんと描かれてるから、ただフライをポンとキャッチしただけで、しかも、フライが、グラブに勝手に飛び込んでくるような(笑)、やつなんですけども。もう、みんなは号泣ですよ。ちゃんと、そこに至るまでのセットアップが出来てるからですねえ。

    もうねえ、ホントに・・・・。で、チームは勝てないですよ、ベアーズは。勝てるわけ無いわけですけども。でもね、全然勝利なんですね、心は。全然、心は勝利で、勝った方は、その、
    「勝つぞ、勝つぞ!」
    つって、その、殴る蹴るで無理矢理やらせた、やらされて勝った方なんて勝った顔をしてないんですよ。・・・ねえ。ホントに心で勝ったのはベアーズだからです。だって、彼らの心はバラバラで、監督に無理矢理引きずられて、敵の方はね。敵の方は監督に無理矢理引きずられて、その、送りバントばっかりやって、無理矢理取った、点ですよ。・・・ねえ。でもベアーズの方は全然違いますよ。みんな楽しく、仲良く野球をやって、・・・ね、みんな仲良くなって。ホントの勝利はベアーズの勝利なんですよ。

    観客とスクリーンの一体感を演出する

    ・・・ね。それが映画でしょう!それが娯楽ですよ。それがサービスですよ。それが青春映画だし野球映画だし、映画でしょう。目的は何なのか。野球をやることの目的は何なのか。ねえ。みんなでやることですねえ。映画の目的は何なのか。みんなで観ることですねえ。みんなで、観客と、スクリーンが一体になって、1つになって、1つの心になることですねえ。それが、ビデオでない、テレビじゃない、映画館でみんなで映画を観る、目的なんですよ。スクリーンと、観客が、1つになる、瞬間ですよ。・・・それが映画なんですよ。

    だから、『もしドラ』も、だから、・・・ねえ。彼女自身のその、あっちゃんの問題を解決するんだったら、こういうシーンが必要だったと思いますね。・・・例えば、あっちゃんが輝くように撮るためにね。バッターボックスに行く時に・・・ね、あっちゃんに言うんですよ、選手が。
    「オレが打つ球は、オマエが打つ球だから」
    で、バッターボックスにつく。で、ボールを打つ瞬間に・・・その選手の姿が、ボールを打つ、あっちゃんの姿にオーバーラップするんですよ。あっちゃんの心の中でね。目の中で。で、あっちゃんは、野球がしたかった、っていう夢をそれで叶えるんですよ。実現するんですよ。それで、彼女自身のトラウマもそこで消えますから。解決されるわけですよ。・・・ね。

    で、ピッチャーが投げる時も、
    「オレが投げる球は、あっちゃん、オマエが投げる球だから」
    つって投げるんですね。でまあ、最後はゆうきクン、ダメなゆうきクンが、まあ、打つんでも、まあ・・・キャッチするんでもいいんですけども。ま、例えばキャッチすることにしましょうか。ね。で、キャッチできるかどうか?っていうハラハラする場面でね、まあ、ショートに鋭い打球が飛んでく、っていうシーンでもいいですよ。撮れるかどうか、っていうような、非常に厳しい打球が。彼には今まで捕れなかった打球が飛んでく、と。ピシーン!というのが飛んでく、と。で、そこで、スローモーションで、ゆうきクンが、横っ飛びに飛ぶわけですね。ボールに喰らいついていくわけですね。で、その時に、で、スローモーションになるとこで、あっちゃんの声ですね。
    「ゆうきクン!アナタが捕る球は、ワタシが捕る球よ!」
    そこで横っ飛びに飛んで、キャッチしようとするゆうきクンの姿がですね、あっちゃんのその姿にですね、オーバーラップして、あっちゃんがキャッチするんですよ。・・・で、もう、ホントに満面の笑顔で、全てが解決した笑顔であっちゃんが微笑む・・・・顔になれば。もう、ホントに輝く顔で・・・。これが映画でしょう。目的を果たしたことになりますよ。これを観に行った観客たちの。何よりも輝くあっちゃんが見たかったんじゃないですか?みんな。

    ・・・という点でね、その、『もしドラ』っていう映画は、その・・・まず、その、ホントに、目的。その映画の「定義」、「顧客」。そういったものをですね、非常に真剣に考えると、それを果たしていないので。え~、それに非常に集中して、非常に意図的に、え~、シーンを作ったり、演出をする必要があったんじゃないかな?と、思います。ま、原作とは全然関係無い話になりましたが、え~、ま、映画は映画で、映画の目的があるんです。さっき言ったような。本とは違う、観客全てが、登場人物たちと一体になる、のが、映画の目的ですから。それが「定義」であり、それを求めて来る人達が「顧客」なんですから。はい。そのマーケティングをきちっと、やって、作れば、良かったんじゃないかな?と。・・・いうふうに、思いました。ハイ。

    ということで・・・また、来週?(笑)・・・来週じゃねえか、まあいいけど。・・・ハイ。スイマセン。(笑)再来週かもしれません。バイビー!

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